心のゆとりは観点のゆとりから

認識技術nTech  0=∞=1 との出会いから始まった。ゆとり・さとり世代男子が贈る生き方、未来ビジョン。

鰯の頭よりも鯛の尾を選んでいたけど、鰯が集まって鯛になるのが令和の生き方

こんばんは。

 

平井健太です。

 

タイトル使い方間違ってますよね。

本当は「鯛の尾よりも鰯の頭」ですが、振り返ってみた時に

そう思ってた時があったので逆転してみました。

 

中学校時代、進路の選択。

野球を続けるつもりではいたのですが、

地域の高校にいって、そこそこやるのか、

強豪校に入ってベンチに入れるかわからないけれど、ガツガツやるのか。

 

正直、中学校時代もクラブチームではありましたがレギュラーではなかったので、高校に行って活躍できる保証はない。

 

お金の問題もあるので迷いましたが、どちらを選ぶのか。

「チャレンジしてよかった」と思えるように、

「出れるかわからないけれど強いチームに行った方が成長できる」

と思って強い方に行きました。

 

行ってみたら色々違う部分もありましたが、今につながる大切な友人や普通ではできない経験ができたので、行ってよかったと思っています。

 

そして違う目線で見た時に発覚したことですが、

どうやら、その時も私は自分に自信がなかったんです。

 

先頭に立って人を引っ張る人になれるのかもわからない。

強いチームにいけば試合にすら出られないのかもしれない。

それでも、自信がない自分を隠すには、そっちの方が都合が良かった、

「強いところでやってたからしょうがない」という言い訳ができた。

そういう側面があったなと思います。

 

それってずっとついて回るものなので、大学に入ってから、社会人になってから同じ壁にぶち当たりました。

 

その時に初めて無意識にある「自信のない自分」と向き合うことになりました。

野球や勉強、仕事の能力的なものではなく、幼少期のトラウマが原因にありました。

 

4歳の後半か5歳の頃、2人目の妹が生まれる時に私は祖母の家に預けられていました。祖母の家の従兄弟や叔母さんと地域の祭りに行ったんですが、なんとそこで忘れられたんです。

 

従兄弟たちは家に帰ってからようやく私がいないことに気づいたそうですが、

当の私には非常に長い時間に思えました。

 

待ち合わせ場所でしばらく待って、

近くをふらふら歩いて

きっとあそこにいるかな?というところまで探しに行き、

それでも見つからない。

 

「ここで待ってると言った自分が悪かったのかな」と思い。

気づけば泣きながら迷子センターにいて、

周りのおじちゃんたちに自分のことを話すけれど、

誰にも伝わらない。伝えられない。

地域も違えば、従兄弟たちのフルネームもわからない。

自分の知っている情報全てを話しても伝わらなかった無力感。

 

「何やってもうまくいかない自分なんだ」

 

というエンジンを強烈にスイッチオンしていました。

一人でできなかったことの悔しさから「自分でできるようになりたい」というアクセルも持ちつつ。

 

「何やってもうまくいかない」というブレーキを使っていた。

実はそれが進路の選択、リーダーになること、

主体的に動くこと、全てに影響を与えていました。

 

 

それもnTech と出会うことで、自分の涙を抱きしめて、

一人でできなくても大丈夫なんだ、と安心感を得ることができました。

 

鰯は一匹では小さなか弱い存在ですが、

大群が集まって泳ぐことで、非常に大きな集団に見せることもできます。

 

一匹一匹も協力し合えば、大きな魚に化けることも可能だと思います。

鯛の尾でもなく、鰯の頭でもなく、

「全てが自分だ」と心から思える認識に変化したからこそ、

最高のチームプレー精神で「今ここを1で生きる令和感覚」を広げ、時代を変えるチャレンジをしていきたいと思います。

 

今日もお読みいただきありがとうございました。