身体を患って思う
こんばんは。
平井健太です。
先日、親知らずが「含歯性嚢胞」というものになっていることが判明。
抜くためには手術が必要らしいですが、手術をする!と考えると不安が襲ってくることがあります。
身体を大事にすることを考えはじめたのが最近なので、初めての体験です。
「ん??初めて?」と思いますよね。
私も驚きです。笑
目もレーシック手術してますし、鼻も鼻血がよく出ていたので、一部の血管を焼いています。小さい時には斜視の手術もしています。
「手術は慣れている」と思っていました。
しかし、襲いくる不安。
この心境の変化は自分自身のアイデンティティ(自己認識、自分をどう思うのか)
の変化が大きく関係している事に気づきました。
今までは手術って美容整形の如く(と言ったら怒られるかもしれないですが)
やったらおもろいやん!経験したで!ぐらいの感覚で軽い感じでしたが、
背景にはなげやりで「身体は実験台」だと思っている自分がいました。
自己肯定感も低かったし、何かと比較して、価値を下げてみていました。
だから、この身体を資本にして、できる限りのことをやろうと(絞れるぶんだけ搾り取ってやろうというイメージ)していました。
それが、nTechと出会って
身体を作っている細胞1つ1つが愛しくてたまらない。
いつも出会いの感動でワクワクしている。自分も相手の存在も♾肯定する。
使ったらなくなっていくモノではなく、今ここ再創造が起きているのが私であり、その道具としての身体。
そんな自分のイメージに変化していたんです。
身体を大事にするからこそ、失う(かもしれない)という恐怖がやってきます。
この恐怖ってある意味正常で、正常な感覚を得ていることは、
感覚が麻痺していた自分からすれば嬉しいことです。
もしかすると身体の異常は新しい変化に気づくメッセージなのかもしれない。
そう思うと、これからどんな変化がやってきて、どんな気づきが出てくるのか、
楽しみになってきます。
今ここスッキリできるnTechだからこそ、どんな現実がきても楽しめる。
認識を変化できるということは改めて素晴らしい技術だなと感じます。
今日もお読みいただきありがとうございました。